本文へジャンプ
 
  鍋横物語
ホーム 施設案内 地域ニュース 運営委員会の活動 組織 地域団体紹介 リンク集
第1章
第2章
第3章
1 道・街道・道路
2 商いを通して見た街
3 空き地は社交の場
4 まちの情景・風物
5 まちが変わる ―関東大震災・第二次世界大戦によって―
 (1) 怖かった関東大震災
 (2) カッパの干し場
 (3) 買出し
 (4) バラエティに富んだ物売り(行商)
 (5) まちが変わった日
6 歴史を移す≪お題目石の移設≫
7 歴史を掘る≪転車台の現れた日≫
8 懐かしくありませんか?
 
 第4章


(1) 怖かった関東大震災

語り部:松倉英一(明治40年生)


 

 ここ(本町6−17)には、旧制中学3年の時(大正11年)に渋谷区から引っ越してきて以来ですから、かれこれ80年近くになります。当時は中野西町と言っていました。
 引っ越してから1年後に、あの関東大震災(大正12年9月)がありました。立っていることができない程の揺れで、裏の竹やぶに逃げて、竹につかまってただ震えていました。幸い近所では瓦や壁が落ちたりする家はあっても、倒壊する家はなかったようです。家の周りは空き地も多かったので、震災後は畑を作り、ほうれん草や二十日大根、ジャガイモなどを植えていました。その後、震災で家を失った人が、移り住んでくるようになり、特に大蔵省関係の人が多かったのでこの辺りは「大蔵横丁」と呼ばれていました。

    copyright©2013鍋横区民活動センター運営委員会 all rights reserved.